転生ものを読んでいて思ったこと(雑記)

最近異世界転生ものをよく観たり読んだりすることは以前書いた通りですが、今まで読んだ作品で共通するのは、どの作品も今我々が生きる世界をベースにした世界観であるという点です。環境も生命体もこの世界にあまりにも類似しており、いわゆるパラレルワールドという概念を受け入れると非常に都合がいいと思うのですが、僕はこのパラレルワールドというものが何とも納得できない設定で、これまでも例えばSFものなんかでは僕が生まれる前からド定番の概念なのでフィクションを読んでいてあまり気にする人はいないと思うのですが、僕の中でどうしても現実にはあり得ないという考えが頭の中にある為、フィクションと言えども盲目的に受け入れることを憚ってしまうのです。それを言うと転生自体あり得ないのですが、それくらいは夢を見たいと思って無理やり納得できています。ですがパラレルワールドはなぜか昔から納得できないのです。とは言え、その考えを拒んでしまったらどうなるのかということを考えると、受け入れざるを得ないなと思ったというのが今回の話です。

異世界転生もの(パラレルワールドもの)の代表作の一つ。クリックでAmazonに飛びます。

 

空想上のパラレルワールドは存在しないと考えると、この地球という奇跡的な環境とほぼ同じものがそこにあるって時点で驚きですが、宇宙広しなのでそういうこともあるでしょう。解せないのは、ヒトがそこで普通に暮らしているという点です。

生命の誕生は、色々な有機物が集合してたまたま細胞のようなものができたところから始まり、偶然に偶然が重なって多様化や高等化が進み、多細胞生物へと進化していきます。ましてや、ヒトなんて気が遠くなるような遥かなる進化の旅路を経て成されました。そんなヒトという存在が異世界でも普通に暮らしているのです。これはもうその世界の祖は、この世界のヒトが複数人で異世界に渡り、そこで増えていったとでも考えなければ不自然なのです。

僕が最近嵌っている本好きの下克上で考えると、転生先の住民はどこからどう見ても立派なヒトです。それも、ヨーロッパを強く連想させる文化です。これはどう考えても、この世界の祖は現実世界のヒトです。数字は10進法という数学的には不自然なものが同様に受け入れられているし、現実世界で科学的理由ではなく宗教的理由で決められた1週間が7日ということも一緒だし、音階も平均律か純正律かは分かりませんがオクターブを12分割する方法が採用されています。こちらの文化を知っているものが広めたと考えざるを得ません。ただ、この仮説が正しければ、言語も似たようなものになっていないとおかしいです。この点については言語に関する描写が少ない為、何とも分かりません。

などということを考えながら読んでいると、何とブタやヤギやウシといった家畜もいるではありませんか。これらの種も同時にノアの方舟にでも乗って渡ってきたのでしょうか。

それは流石にあんまりだと思ったところで、新たな仮説が思い浮かびます。

そもそも転生先の世界とは、主人公が頭の中で描いている世界なのではないでしょうか。すなわち、実は亡くなっておらず眠ったまま脳は生きているという説です。そうすればこちらの世界をベースにしていることは全て納得できます。ですが、まさかの夢オチでは香月先生が紡ぐ至高の物語が一気に陳腐なものに成り下がってしまいます。それだけは心からやめて欲しいし、幸いなことにそのような描写はありません。

というわけで、都合の良いパラレルワールドという概念を受け入れざるを得ない状態なのですが、アニメもコミックも小説もコンプしてしまった僕はなんだかんだ楽しんでいると言うことに気づき愕然としました。

もうむしろ仕事に追われる今の生活よりパラレルワールドに行きたい。

本好きの世界観に憧れて時間設定を真似した図。

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